書籍レビュー: 第三の思考!?『自閉症の脳を読み解く―どのように考え、感じているのか』 著:テンプル・グランディン
★★★★★( ✧Д✧)パターン!
テンプル・グランディン(1947-)さんの本は初めて読みます。
彼女は最も成功した部類の高機能自閉症者です。動物学博士号持ちの学者さんで、家畜が苦しまないようにという思いで「締め付け機」を開発し、北米の肉牛は彼女が開発した装置で処理されているそうです。この機械にはかなり思い入れがあるようで、本書でもあちこちで断片が登場します。彼女の著書は邦訳本だけでもかなりの数が出版されていますし、映画も出ています。
この本を読んで彼女のファンになったのでいずれ絶対に見ます。
本書はタイトル通り自閉症を脳科学を中心に語る本ですが、彼女の自伝的な記述や、自閉症の歴史、自閉症者がどのようにして発達していけばよいか、などその話題は多岐に渡ります。
精神分析から脳科学へ
自閉症診断については、ここ数十年で大きな変化がありました。カナーとベッテルハイム(特に後者)が自閉症の権威者であった20世紀中~後期は、自閉症の原因の半分くらいは「親の愛情不足」が原因とされていたそうです。その背後にはなんでも親のせいにしてしまいがちな精神分析論があったようです。ベッテルハイムに至っては親が子供を虐待すると自閉症になるとまで言っていたそうです。
しかし精神分析の大家フロイトは、精神分析はいずれ生物学的分析にとってかわられると予言していたそうです。彼は
「われわれの心理学的な暫定仮説はすべて、いずれは有機的担体という土台の上に基礎づけられるべきであることを、想い出さねばならない」
なんて言ってたそうです。精神分析は科学が進歩するまでの一時しのぎに過ぎないと彼は考えていました。そして、脳科学の発展の現時点での成果が、本書に記されています。
2008~2010年にニューヨーク市コロンビア大学医療センターの機能的MRI研究センターにて、上側頭回(じょうそくとうかい、発話の音を意味のある言語に処理する聴覚系の部位)の機能的MRIスキャンを受け、その活性化を測定しました。その結果、自閉症の被験者15人+対照群12人のうちから、14人を自閉症と判定することに成功したそうです。まだ精度は100%ではありませんが、脳を検査することで自閉症の「バイオマーカー」を見つける技術は、すでに発明されているそうです。
グランディンは典型的な視覚優位の人で、建物を見ただけで設計図を書くことができてしまうそうです。彼女は脳をスキャンした結果、さまざまな領域を繋ぐ白 質錐体路というところの接続が過剰であり、視覚野に繋がる回線の数が多いため視覚記憶が優れている証明されました。しかし過剰はどこかの欠乏とトレードオフです。彼女は左側側室が右側側室よりも50%以上長いため、頭頂葉が圧迫され、作業記憶(ワーキングメモリ)が妨害され、身体の動作や同時に作業をこなすことが苦手だそうです。自閉症患者は大抵の場合脳の大きさがアンバランスであるため、脳の検査によって自分の特性を正確に知ることが期待されます。
自閉症者と感覚処理問題
テンプル・グランディンさんは「予想していない大きい音」が突然聞こえることに弱かったそうです。例えば、いつ割れるか分からない風船。これを読んで、私がRPGをプレイできなかったことと全く同じである、と知り大変驚きました。
そういえば風船は苦手でした。想い出せば他にもあります。私は雷が苦手です。いつ光るか分からないからです。小さい頃は雷が鳴ると必ず布団や座布団を顔にかぶせて目をつむっていました。今は目をつむるほどではありませんがやはり苦手です。
携帯電話の着信音やバイブレーションも苦手です。特に、メールを送信した後、必ず短い時間の間に返信が返ってくることが分かっている場合です。近いうちにおきる、大きな音や皮膚への刺激が嫌なのです。なので私はメールを送信した後、必ず携帯電話を離して置いたり鞄に突っ込んだりします。現在の話です。
出会った人の中には、耳に入ってくる音がだんだん大きくなったり小さくなったりして、接続不良の携帯電話で話しているように聞こえたり、花火の大音響のように聞こ えたりするという人がいた。体育館に行きたくないのは、スコアボードのブザーの音が板だからだという子供もいた。母音しか口に出せない子供もいたが、おそらく子音が聴き取れなかったのだろう。こういう人々のほぼ全員が自閉症で、蓋を開けてみれば、自閉症の人の10人中9人が、1つ、あるいはいくつかの感覚処理問題を抱えている。
残念ながら感覚障害はほとんど研究されておらず、脳のどの部分が関わっているのか、自閉症だとなぜ感覚障害がおきるのかはほとんど研究されていないそうです。しかし、自閉症者に感覚障害、特に視覚や聴覚の過敏、アンバランスが存在することはほぼ間違いないらしく、グランディンは興味深い持論を展開していきます。第四章に詳しく書かれています。
個人的には感覚過敏はとくに精神的に不安定な時期に一層過敏になるという実感があります。ごく小さい頃と、最も危機的だった20代前半にひどく炊飯器から発せられる電子音も我慢できないほどでした。逆に、過敏であることが精神的に不安定さをもたらすのかもしれませんし、研究が待たれるところです。
第三の思考「パターン思考」
もうひとつ面白い仮説がありました。「3種類の思考仮説」です。一般的には、思考は「言語思考」「視覚思考」の2パターンがあると考えられています。言語が左脳、視覚は右脳が担当するということはよく言われますね。グランディンは先に述べたように視覚思考の人間です。しかし彼女は自閉症の研究を続けるうちに、もう一つの思考パターンがあるのではないかと考えました。それは「パターン思考」です。
例えばプログラミング。
シリコンバレーのあるIT関連企業で講演をした後で、どうやってコードを書くのか社員の何人かに尋ねた。プログラムのツリー構造全体を実際に思い浮かべ、それから、頭の中でそれぞれの枝にひたすらコードを打ち込むという返事が返ってきた。パターン思考者だ。
私はプログラマーですが、まさにこの通りです。一度プログラム構造さえ考えついてしまえばあとは単純作業ですので、音楽やら外国語リスニングやら「ながら」で作業することも楽々なのがプログラマーのいいところです。バグが出たときは構造の考え直しですので無理ですけど。
円周率を22514桁暗唱したダニエル・タメットは外国語の習得も得意だったそうです。
タメットは、たとえば、ドイツ語を独学で学んでいる時には、「小さくて丸いものは『Kn』で始まることが多い――Knoblauch(ニンニク)、Knopf(ボタン)、Knospe(つぼみ)――」ことに気づいた。長くて薄いものは「Str」で始まることが多く、たとえばStrand(海浜)、Strasse(道路)、Strahlen(光線)がある。パターンを探していたというのだ。
ドイツ語は私も鋭意勉強中ですので、大いに参考にします。そういえば、私は「試験」が得意でした。いずれ振り返りで書くつもりですが、「試験」というパターンが私に「合って」いたのです。大学入試では明らかに他人よりも少ない時間の学習で簡単に高得点を取ることができ、のめりこみました。ただしそれは今思えば、問題のパターンを覚えていったにすぎず、学問の本質など全く理解していませんでした。ただ闇雲に問題の数を解きさえすれば、本質が分からなくたってテストで点数を取るのはカンタンでした。今思えば、この表層的なパターン抽出への過剰適応が、大学に入った後に矛盾を起こしてしまうことになったのだ、と本書を読んで結論付けることができました。これはまた後日考察と共に詳述するつもりです。
社会スキルも大事だよ!!
グランディンは自閉症の特質をうまく生かせば、活躍の場は開けていると述べます。なんとも希望の持てる内容ですが、そのためには脳の特性を早期に知り、適切な教育を受けることが必要であると言っています。さらに、就労のためには他人とうまくやるスキルは必須ですので「言い訳をしない」「人と仲良くする」「感情をコントロールする」「マナーに気を付ける」などの基本的社会スキルは大事であるとも語ります。きびしいです。でも彼女の意見に耳を傾けることは、自閉症者にとって大きな力となることは間違いありません。他にも大量の興味深い話題がありましたが面白くてあっという間に読めてしまいました、とても面白い一冊でしたので、彼女の他の著書も読んでみたいですね。
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