書籍レビュー: 科学者の自負をかけて 『お母さんのための「食の安全」教室』 著: 松永和紀
★★★★☆
必要ができたので食・農薬・原発関係の本をしばらく物色します。
一般向けに科学者の立場から見た食の安全を語る
放射性物質や化学物質、遺伝子組み換え食品や微生物など食の安全に関わるトピックを30ほど取り上げ、科学ライターとしての著者の知見を一般向けに読みやすく分かりやすい文章で書いた本です。
連載されていた雑誌が女子栄養大出版の月刊誌「栄養と料理」であったことから「お母さん」をターゲットにしたのだと思われますが、別に「お母さんのための」という縛りを付けてターゲットを絞る必要はないと感じました。お父さんも読んでよいと思います。
消費者をなめすぎ
この本から大きく受ける印象は、科学者のわたくし様がアホな消費者を啓蒙してやろうという姿勢です。例えば次のような記述です。
消費者は誤解に基づき忌避し、別の食品添加物がむしろ多めに使われていることに気づかない。
消費者も反対のための「レトリック」を見破る力をつけたいものです。
いかにも高所から見下ろしたような言い方です。「消費者は~だ」という書き方が良くありません。もしアホと思っていないのであれば、もう少し別の書き方があったでしょうから。でも私は馬鹿にしていると思います。
一方、著者は
私は科学ライターでありつつも消費者です。
とも言っています。私は誤解する消費者やマスコミのレトリックを見破れない消費者とは違う存在というわけです。どうにも引っかかってしまいます。
興味深い内容だが、論理がうさんくさいことも
食中毒に関する記事はよくできています。2011年4月に生ユッケで有名になった腸管出血性大腸菌は、ほんのわずかな菌数で人に大きな影響を及ぼすこと、カンピロバクターの鶏肉保有率は32~96%(!)と超高率であること、ノロウイルスの吐瀉物は地面に落ちると粒子状に舞い上がって更なる感染を引きおこすこと。。などなど枚挙にいとまがないほどです。
しかしながら、「農薬より菌の方が怖い。農薬は気にするほどではない」「発がん性物質より塩分過多の方が問題。発がん性物質は気にするほどリスクはない」「カリウム40と水爆実験の時の放射性物質を毎日食べているのになぜ原発の放射性物質が問題なのか」という論調には同意しかねます。「AよりBの方が危ない。だからAは危なくない」という考え方よりも「Bは当然避ける。Aも避けた方が賢明」と考えた方がずっとよくありませんか?
著者の記述が意図せずに逆説的
P68の「メディアリテラシー」のコラムで、朝日新聞と福島日報の2011年9月19-20日の一面を引用し、朝日新聞の偏向を明らかにするコラムについては、
朝日新聞:「外部被爆 最高37ms 半数、年間限度量越す」
福島日報:「被ばく推計 1ms未満が6割 最高値は原発作業者か」
という見出しを紹介して、朝日新聞が恐怖を煽っている、福島日報を見ると大したことがない、という様子を目立たせようとしたようです。しかし私には「半数、年間限度量越す」がとても重大に見えます。掲載されている福島日報の記事本文(ぼやけている)には3割強が年間限度量を越していると書いてあり、朝日が若干数字を盛っているように見えます。しかし3割強だとしても相当に問題だと思います。逆に、福島日報がパニックを起こさないために数字を少なくするようにしているという印象を受けました。
また本書では、「日本のマスコミはリスク面で重要でないことで騒ぐから、基準が不当に厳しくなる」といった論調が多く見受けられますが、これは逆に、日本に対して外国がリスクのある商品を輸出しづらいという事実が見えてきます。日本には安全な物である確証が持てる者しか売れないということです。すぐ騒ぐマスコミは、我々にとってはむしろ好ましい存在だと考えられます。
買いか
一読するに値する本です。内容そのものだけではなく言説の背後に潜む思想的にも様々なことを考えさせてくれる材料にあふれた本でした。
いい加減な取材は行われておらず、資料の集め方・提示の仕方も丁寧です。できるだけ中立な視点から書こうと努めている姿勢が見えます。しかし、全体として私は上のような印象を受けてしまいました。これも著者に言わせればメディアやインターネットの情報に惑わされている影響なんでしょうかね。