書籍レビュー: 肉を食うか?世界を救うか?『ファーマゲドン 安い肉の本当のコスト』 著:フィリップ・リンベリー、イザベル・オークショット
★★★★★
工業的農業の不自然さを告発する本
著者のフィリップ・リンベリーは Compassion Of World Farming という動物福祉の慈善団体の代表です。
彼がイギリス・アメリカ・中国・アルゼンチン・チリなど全世界を旅し工業的農業を行っている現場を訪ね、時には危険な目にあったり巧みな交渉をしたりしつつ、農場や工場で何が行われているかを500P近くに渡り叙述した作品です。やや過激派寄りの人と思われるのでバランスを持って読むように心がけましたが、内容は予想を大きく覆すものでした。
工業的農業?
工業的農業とここで呼ばれているものは、利益を追求した近代的大規模農業・畜産業・漁業のことです。例えば農業なら肥料・農薬・GM作物を利用した単一品種の大規模栽培を指します。(GM作物については、近いうちに関連書籍を読む予定です)
本書では工業的な農業・畜産業・漁業のすべてがカバーされていますが、動物福祉団体であることもあり特に畜産業に重点が置かれています。
私達が食べる肉のための収奪
本書の冒頭で衝撃的な指摘があります。
家畜たちは、世界で生産される穀物の3分の1、大豆粕の90パーセントと、漁獲高の30パーセントを消費する。直接、人間の食料にすれば、何十億人もの飢えた人を養える量だ。
経済成長した国の国民は肉を嗜好します。旺盛な肉需要に応えるため、数々の企業が食肉の効率的生産技術を開発してきました。
大量の肉を迅速かつ安価に生産するため、家畜の品種改良が行われました。早く育ち、沢山の子を産み、脂肪分の高い豚や牛が作られました。土地代と人件費を減らすため、家畜は狭い檻の中に押し込められ、大量の餌を投入され、身動きするスペースがほとんどないまま自分の糞にまみれて一生を終えます。
牛は草を食べて育つ生物でした。しかし穀物や大豆・トウモロコシを与えると、成長が促進され脂肪分が増えます。脂肪分は消費者の需要に応える大きな要素の一つです。霜降り肉おいしいですよね。そのため、家畜を育てるための飼料を安価かつ大量に生産する方法が必要です。
大農場があちこちに作られました。それは世界中のあらゆる安い土地に作られ、農地の開発余地を減らし、大量の地下水を汲み上げ、効率的に生産するための多量な農薬散布により地元民に大きな健康被害を与えました。我々の嗜好する肉のために、全世界で大規模な環境破壊が行われているという痛烈な指摘があります。
最大の恐怖・糞
家畜の大農場の最大の公害は「糞」です。糞については本書で最もページ数を割いて語られています。巨大農場から捨てられる糞は強力な汚染物質です。日本ではギャグとして肥溜めに落ちる様子が描かれることがありますが、動物の糞溜まりに落ちると死にます。落ちて何人も死んだ人がいるそうです。
糞は多量の窒素・リンを含み適量に使えば良い肥料となりますが、集約化した農場から排出される糞の肥料分は過剰で全部使える量ではありません。業者は排出場所に困り、大量の糞をやむなくため池などに投棄します。すると雨が降ったときに溢れ出し川に流れ、川と海が富栄養化し大量の藻が湧きます。藻が死ぬと水中の酸素が無くなり生物は住めなくなって、死の海のできあがりです。また、死んだ藻が大量に海岸に打ち上げられ、微生物が分解した後の有毒ガスで付近の住民が死亡した例もあります。海に行ったら死んだ。笑えない話です。雨が降ったら汚染物質が溢れて海に流れるのは福島原発にも通じる話です。本書には深刻な水質汚濁の実例が何件も挙げられています。
地球を救いたいなら、肉を食べる量を減らすだけでよい
本書の言いたいことを突き詰めれば「安い肉のコストは、他の誰かが負っている」ということです。工業式農業のおかげで、我々は安価に肉を食べることができるようになりました。しかし安価に肉を生産するためには、飼料、水、糞の処理などの環境コストがかかります。企業はそのコストを負っていません。あらゆる環境問題の本が言うことと同じで陳腐ですが、全世界の土地や資源が逼迫することで、いずれ我々がそのコストを払う日が来るでしょう。
東海農政局/肉や卵を生産するためにはどれくらいの家畜のエサが必要なのでしょう
牛肉1kgを育てるのに穀物11kgが必要です。我々が肉を食べる量を少し減らすだけで、大量の穀物を食用に回せることとなり食糧危機が解決します。副次的に、大農場から排出される環境汚染物質もなくなります。将来的に予想される、水を巡る争いが回避され世界が平和になります。
TPPにより牛肉の関税が38.5%→9%に、豚肉は482円/kg→50円に、鶏・卵は完全撤廃となる予定です。外食チェーンやスーパーの肉の値段が安くなることは確実なので、今後消費が大幅に増えることが予想されます。企業は最終消費者の嗜好に合わせて食料を生産しているにすぎません。すべての責任は我々にあります。肉食べますか?それとも世界を食い尽くしますか?
付録
本書は文字ばかりで構成され写真がありません。リンベリーさんの筆致は見事で動物たちの苦しみが見えてくるようですが、カラーの写真ならではのインパクトもあります。少し関連する材料を探してみました。
・鶏工場
Antibiotics & Human Disease: The CAFO Connection
・ケージ飼育の鶏
・品種改良により乳が肥大している牛
Two Million Dollar Fine for Tyson | Food Freedom
・日本の農場(松坂牛)
関連書籍
本書で言及された本、いずれ絶対に読まなければいけないと思っている本をメモのために残しておきます。
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環境ホルモン―人心を「撹乱」した物質 (シリーズ・地球と人間の環境を考える)
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植物の体の中では何が起こっているのか (BERET SCIENCE)
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