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六帖のかたすみ

DVを受けていた男性。家を脱出して二周目の人生を生きています。自閉症スペクトラム(受動型)です。http://rokujo.org/ に引っ越しました。

愛情、感情はニセモノか

ぼくは高校時代に演劇部に所属していた。成功体験には乏しく演技に苦手意識がついた。元妻には「演技をするな」と頻繁に言われていた。わざわざ苦手な演技なんかしたくない。それでも元妻には、ぼくがどんな反応をしてもオーバーリアクションで、わざとらしく、不自然だと言われていた。元妻は「児童文化部の知り合いがそういうオーバーな反応をしていた、不快だった」と言っていた。罵倒はされなかったがバカにされた。

オーバーリアクションにならないためにどうしたらいいか考えた。

ぼくは、ここは笑わないといけないところだよな、と考えてから笑い、泣かなければいけないよな、と考えてから泣いていることに気がついた。時間と状況に合わせて、他人が求める適切な感情を選択し、出力していることに気がついた。

そしてぼくは真似が下手だった。適切な感情を選択できても、出力は不自然だった。他人から見てオーバーに見えるように振る舞っていた。

だからぼくの感情はうそっぱちなもの、ニセモノだと考えた。ぼくには感情が無い、と考えた。

泣けなくなった。

いまでも感情にフタをする癖は抜けない。

 

ぼくは愛情がない、と元妻は言った。ぼくは言い訳をして嘘をつくから誠実ではないし、ぼく自身の事しか考えていない。家族のことなんか大切に思っていない。愛情があるなら○○するはずだけどしない、××という言葉が即座に出るはずだけれどぼくには言えない(○○、××の具体的な内容は忘れた)、などなど、証拠を何度にもわたって挙げられ、愛情が無いことを証明された。

そうか、自分には愛情が無いんだな、と考えた。苦しかった。

しかし、とあるきっかけで長女に「私は愛情が無いかもしれない」と伝えたとき、長女は傷つき、元妻は激怒し、この件では10回以上責められた。

わけがわからない。

 

本当は感情も愛情も存在していたし、ニセモノではなかった。

ただ、出し方が普通の人とは違うだけ。

恋人にそう言ってもらったことが救いになった。

人前で泣くこともできるようになったし、恋人に、愛を感じると言ってもらえるようになった。

元妻の考える感情と愛情は、元妻にとって都合のよい感情や愛情のことだった。