六帖のかたすみ

DVを受けていた男性。家を脱出して二周目の人生を生きています。自閉症スペクトラム(受動型)です。http://rokujo.org/ に引っ越しました。

書籍レビュー: 経済学を壮大に総まとめ 『経済学大図鑑』 著:ナイアル・キシテイニー 訳:小須田 健

★★★★☆

経済学の主要なトピックを簡潔に網羅した良書

本書は経済学の主要な論点を時系列順に並べ、おおむね2~4ページで簡潔に紹介するスタイルを取ります。ただし、主要な論点だけで100を超えます。それほど経済学は奥が深いということです。

まずこの本の装丁!否が応でも目を引きます。手に取るにはやや憚られる大きなサイズですが、中身をぱらっと開くと「これは読んでおかないといけない!」という気にさせられる本です。「大図鑑」というタイトルはやや扇情的ですが、原題は「The Economics Book」ですので「経済の本」じゃー地味ですから仕方ないですね。

私はトレンドを過ぎましたがピケティさんの「21世紀の資本論」を読んでみたいと思い、しかし経済学について全然知らないから読んでも無駄になりそうだな、と考え、まず入門的と思われる本書を手に取りました。

移ろいゆく経済学

この本では経済学のあけぼのを紀元前4世紀、財産の国家による所有を唱えるプラトン私有財産を擁護するアリストテレスをめぐる議論から出発させ、原著出版時に最も話題であった2008年のグローバル金融崩壊に至るまでの経済学の歴史が記述されています。一つ一つのトピックに割く文量は少ないものの、すべてを繋げると膨大な量になります。

個々の論点については私はほとんど知識がなかったので得るものが大きかったのですが、最も驚いたことは、経済学は他の学問と同じく、普遍的な理論が一つも存在しないということです。すべての理論は当時の経済状況をいわば「蓋然的に」説明するにすぎず、後世に批判され換骨奪胎し次々と新しい理論が生まれていくのを本書の中で何度も目のあたりにしました。

例えば中学校でも習う(?)アダム・スミスが提示した市場は放っておいても「見えざる手」によって均衡に至るものだ、という理論を打ち立てます。しかし20世紀前半の大恐慌を目のあたりにしたジョン・メイナード・ケインズが、失業は市場の力ではどうにもできない、政府は市場を放っておかずに介入するべきだ、と理論を丸ごとひっくり返します。こうして我々が大学でマクロ経済学を学ぶと必ず目にするISLMモデルが出来上がりました。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/6/6b/IS-LM%E5%88%86%E6%9E%90.png

ところがケインズの失業の取り扱いを不満として、新古典派と呼ばれる理論が発展します。ケインズ

「需要が少なければ賃金が下がる。労働者はみんな賃金を下げたくないものだ。賃金には下方硬直性(下がりにくいこと)がある。だから需要を上げなければいけない」

と主張しますが、新古典派

「いやそんなことないよ。時間がたてば安い賃金に労働者は渋々従うよ。だから政府がわざわざ出費することないよ」

と言います。更にこれをよりラディカルにした

福祉や年金も必要ない。すべてを市場に任せ規制緩和しまくってジャンジャン金を回そうぜ!」

という新自由主義が発生し、いま世界を席巻しようとしています。このように理論は絶対的な物では決してありえず、その時々の価値観、状況などにより現在進行形で変化を続けていくことがよく分かります。

経済学≒政治学?

経済学は「価値」を取り扱う学問ですので、「かくあるべき」という議論からは逃れられません。アリストテレスプラトンがほぼ政治論・道徳論の範疇で語っていた頃から状況は変わっていません。本書では様々な人物が「かくあるべき」論を展開しまくります。経済学で成功を収めた人はバーナンキやイエレンのように政府の中枢に出ていく人も少なくありません。ケインズもアメリカの大蔵省やイングランド銀行頭取を務めています。本書が取り扱っている経済史は、そのまま世界政治の歴史でもありました。

買いか

訳者の小須田健さんの専門は哲学です。そのためか、訳が堅く時々文意がわからないことがあります。本書を読み通すのにはかなり体力が必要でした。amazonレビューでも訳の悪さに触れられています。経済学者の監訳がついているものの、翻訳の質は今一つと言わざるを得ません。この本で唯一残念なところです。

しかしそれを差し引いても、本書を読む価値は十二分にあると言えます。これだけのボリュームをもって経済学を概観できる本は他にないでしょう。できるなら、原著を手に入れて読んでみるともっと良いのかもしれません。

なお、本シリーズには「経営学大図鑑」「哲学大図鑑」「政治学大図鑑」「宗教学大図鑑」があります。いずれ読んでみたいと思います。

 

 

関連本

本書で取り上げられていた、いずれは読んでみたい本一覧です。メモとして貼っておきます。

雇用、利子および貨幣の一般理論〈上〉 (岩波文庫)

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国富論 1 (岩波文庫 白105-1)

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自由と経済開発

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隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】

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インフレ、雇用、そして金融政策―現代経済学の中心的課題

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